追悼

山古志闘牛会会長の繁蔵さん(松井治二さん)が8月19日にこの世を去られました。
通夜と葬式に参列するために帰省していました。

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~新潟日報モアより引用~

山古志闘牛会の松井治二会長が死去 伝統行事「牛の角突き」の再興に尽力

2004年の中越地震で大きな被害を受けた旧山古志村(長岡市)の復興や、伝統行事「牛の角突き」の再興に尽力した山古志闘牛会会長の松井治二さんが19日午前7時8分、胃がんのため長岡市の長岡中央綜合病院で死去した。75歳。旧山古志村出身。通夜は22日午後7時から、告別式は23日午後0時30分から、いずれも長岡市内の自宅で。喪主は妻キミさん。

 農業の機械化などで牛が減り、一度途絶えた角突きの再興を周囲に呼び掛け、1975年の復活につなげた。角突きが78年に国の重要無形民俗文化財に指定される原動力となった。

 中越地震では土砂崩れでせき止められた川の水により、区長を務めた木篭(こごも)集落の住宅が半数以上水没。付近の高台への集団移転を決断した。棚田での農業体験など集落外との交流による地域おこしに力を入れ、地震で再び途絶えた角突きの再開にも尽力した。

 2011年に発生した東日本大震災の被災者とも交流し、復興の歩みを伝えるなどした。

(↓画像はこの記事から:山古志の元気、東北の希望に 新潟県中越地震から10年

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繁蔵さんと出会えて本当によかった。
ありがたいご縁でした。幸せを分けてもらいました。
文化と伝統を持っていることに憧れがある私に対し、なんでも教えて体験させてくれました。

繁蔵さんとの一番の思い出は、一緒に牛のブラシをかけたこと。
そのあと牛の散歩もさせてもらったりと、憧れの生活の一部を体験させてもらいました。

繁蔵さんのやってきたこととは=やりたくてしょうがないこと。
それをやるためには、やりたくないこともやらなくちゃ、付き合いたくない人とも付き合わなくちゃ。
でも、やりたいことをやるためにくっついてくるところは、苦も無くやれるものなのだ。と教えてくれました。
自分が心から満足すればそれで良し。
まわりの評価なんか気にしない・期待しない・どうでもよかった。
江戸時代の職人さんのようだわ。
たくさんの人が繁蔵さんのやりたいことに共感して一緒になってやりました。
誰でも繁蔵さんみたいに周り中を巻き込んで大きなことが出来るわけではないし、しなくちゃいけないわけでもない。
だけど、やって見せてくれたことは大きくて、
これから先、なにかにつけて繁蔵さんを思い出して、繁蔵さんならどうしただろうと考えるであろう。

江戸時代庶民の暮らしや、山古志など地方の山暮らしが魅力的に見えるのは、
みんなが自分のできることをたのしみつつ、一生懸命生活しているところだと思います。
家でする通夜・葬式にあんなにたくさんの人が集まり、
最後は木籠(こごも)集落の盆踊り唄で送り出されるなんて、なんて素敵なんだろう。
文化・伝統とは、そこで暮らしてきた人たちの歴史であって、それを絶やすのは悲しいなと思いました。
逝きし世の面影を、実際に見させてもらってとても幸せな気持ちになりました。

亡くしてから「もっとああしておけばよかった」と無念に思うけど、
故人は「これからどうするか」に早く気付いて、未来に繋げることを望んでいるとどこかで読みました。
「やろうと思ったら、できない理由を考えるんじゃなくて、どうすればできるかだけ考えなさい」と繁蔵さんが言っていました。

竹も書道も上達するには、数をこなすしかない。
現状を認めないで、忙しくしていたけど、そろっと現実を見ないと。
したいことが山ほどあるのなら、いらないものはそぎ落とし、ペースアップしてこなしていくしかない。
聖者マハラジも「何をしてきたかではなく、何をするのをやめたかが重要だ」と言っている。


なんとなくでしか方言は分からないし、ここがわたしの場所っていう場所もとくにない長岡。
好きな場所はたくさんあるけど、さほど思い入れがない。
代々そこで暮らしてきて、わたしたちもそこで生きて死んでまた生まれるってすごいなあと、改めて思いました。

「自分の損得は考えるな、人に感謝されることだけを考えなさい」
なにかにつけて思い出します。
ありがとうございます。



(帰りの東京行の新幹線からパシャリ)
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