自由と身分②

渡辺京二の『逝きし世の面影』

 江戸時代の末期から明治時代の初期にかけて日本を訪れ、

 世界に類を見ない日本の精神文明を体験した欧米人の手記や書簡を掲載している本。


第七章 自由と身分より引用。

自分用のメモなので、詳しいことが知りたい人は本を買ってね♪

①では独立した日本人の精神が善であってよかったと思ったけど、

②ではなぜそのような精神であったかが分かりました。

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 ~来日した頃の長崎近郊の農村について、「町村の制度はたいへん自由であった――町年寄や庄屋は地主(むろん土地所有者という意味である)たちが選んだ」と述べ、さらに「地方に駐在する捕方も、奉行所の役人も全くいなかった。非常に愉快に感じたのは、僧侶の支配力が村民に影響を及ぼさなかったことである」p225

 「農村には原則として武士は存在していなかった。この意味では、江戸時代のムラは、領主の存在しない純粋な農林漁業者の生産集団なのである。少なくともムラは日常的に武士の武器による暴力支配からまぬがれていた」。p225

 「江戸時代のムラは村請の論理の下で、自分たちのことは自分たちで処理するという自治的組織の性格を帯びていたのである」。p225

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 「日本人は完全な専制主義の下に生活しており、したがって何の幸福も満足も享受してないと普通想像されている。ところが私は彼ら日本人と交際してみて、まったく反対の現象を経験した。専制主義はこの国では、ただの名目だけであって実際には存在しない」。p226

 「自分たちの義務を遂行する日本人たちは、完全に自由であり独立的である。奴隷制度という言葉はまだ知られておらず、封建的奉仕という関係さえも報酬なしには行われない。勤勉な職人は高い尊敬を受けており、下層階級のものも、ほぼ満足している」。p226

 「日本には、食べ物にこと欠くほどの貧乏人は存在しない。また上級者と下級者との間の関係は丁寧で温和であり、それを見れば、一般に満足と信頼が行きわたっていることを知ることができよう」。p226

(画像はここから 新しい「農」のかたち【コラム】江戸時代の農業政策 )

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 フィッセルの見るところでは、将軍や大名、それに上級の武士階層は何ら羨むべき存在ではなかった。将軍や大名は窮屈な儀礼に縛られ、自分の国土と家臣についてもよく知らず、実権は下級に移行していて、威厳は見せかけで何の権力ももたない。しかもこの国では法は平等で、「どんな人でも法の上に立つということはなく」、また華飾は「上は将軍から下は最も下賤の召使にいたるまで」制限されているのだ。p226

 「比較的低い身分に置かれている人たち、例えば商人や商人主として、また何かその他の取引あるいは経営を行なうことによって、その勤勉さとその生計の中に楽しく幸福な人生を見出しているとことの町人にとっては、さほど羨むべきものではない。こうした人は、いわば国の官吏に対する服従を義務づけられているようなものであるが、しかし多少なりとも利益を生みだすその職業を営むに当たっては、まったく誰からも妨げられることなく、また最大限の自由を享受している」。p227

 「比較的下級の者に対する支配はとくに穏やか」p227

 「~公職についていない者はかなり自由な生活を楽しんでいますが、支配層に属する日本人はひどい拘束に耐えて暮らしています。ヨーロッパでは国の主権者は国家最高位にあたる公僕とみなされていますが、日本では掟の奴隷のかしらとさえ呼ばれています」p227

江戸農業

 「気取った態度をして、人との交際においてもいんぎんで高慢な役人と、体は強健で、いつも新鮮でゆったりした気分で積極的に仕事におもむき、そこから生れる利益を家族の懐の中で心から分け合っている町民たちとでは、その外観の上でもまた人格の点でも大きな差異が生ずる」。p227

 ギメの問、「なぜ主人があんなにも醜く、召使がこれほど美しいのか」という問に対する答を、ここで得たことになる。p228

 上司は下司に対して「つねにいんぎんで穏やかな態度で話しかける」。p228

 日本人は軽蔑や侮辱にきわめて敏感だが、それに「まったく正比例して、他人を腹立たせたり、他人の気にさわることを避けるために、ひじょうに気を使う」のである。p228

按摩師

 「水を汲みに行ってくれた少女に硬貨数枚を与えると、案内の役人は彼女にそれを返させた。住民はこれらの役人たちを尊敬していた。だが、こわがってちぢこまっているわけではない」。p228

 「日本人は身分の高い人物の前に出た時でさえめったに物怖じすることのない国民だ」p228

 まだ年若い男が、大名や老中とまるで同僚と話すように気楽に会話するのを見た。「青少年に地位と年齢を尊ぶことが教えられる一方、自己の尊厳を主張することも教えられているのである」。p228

北斎漫画餅屋

 長崎で幕吏と応待したゴンチャロフは、上司の前で彼らが習慣的に馬鹿面をすることを知った。彼と親しくなった通辞たちに目くばせしても、彼らは上司を憚って気づかぬふりをするのだった。それで彼は、そういう態度を奴隷的とは感じなかったのである。「上官に対する彼等の敬意には、恐怖とか卑屈とかいうようなものは見えなかった。彼等のやり方はもっと単純で、誠意があって、温か味と愛情といえるものがあったので、見ていて悪い気はしなかった」。p229

 オールコックは、下層階級の日本人が身をかがめて主人の言いつけを聞いている姿にさえ、奴隷的というより、「穏やかさと人の心をとらえずにはおかぬ鄭重さ」を感じ取った。日本人のあいだには自由はないという、欧米人間に流布している結論に彼が「賛同することにはためらいを感じ」たのは、ひとつにこのような親和的な上下関係をしばしば実感することがあったためかも知れない。p229

 「日本の上層階級は下層の人々を大変大事に扱う」とスエンソンは言う。「主人と召使の間には通常、友好的で親密な関係が成り立っており、これは西洋自由諸国にあってはまず未知の関係といってよい」。p229

 「自分たちの主人には丁寧な態度をとるわりには、アメリカとくらべると使用人の雇い主との関係はずっと親密で友好的です。しかも、彼らの立場は従属的ではなく、責任を持たされているのはたいへん興味深いことだとおもいます。彼らの態度や振舞いのなかから奴隷的な要素だけが除かれ、本当の意味での独立心を残しているのは驚くべきことだと思います。私が判断するかぎり、アメリカよりも日本では家の使用人という仕事は、職業のなかでも良い地位を占めているように思えます」。(明治中期のこと)p229

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なぜ日本の民が善であったのか。

 「気取った態度をして、人との交際においてもいんぎんで高慢な役人と、体は強健で、いつも新鮮でゆったりした気分で積極的に仕事におもむき、そこから生れる利益を家族の懐の中で心から分け合っている町民たちとでは、その外観の上でもまた人格の点でも大きな差異が生ずる」

「青少年に地位と年齢を尊ぶことが教えられる一方、自己の尊厳を主張することも教えられているのである」

上司の前で彼らが習慣的に馬鹿面をすることを知った。

本当の意味での独立心を残している


それは『対等』であったからなのではないかなと思います。
子どもは大人を見て成長する。
唄いながら仕事をする、冗談まじりの陽気な会話、どうやったらもっと面白いかと考える気持ち。
子どものころからそれらを見て育って、でも、自分の考えを持つことも大事だよと教えてもらえてる。
この人は上の人だから、かしこまらなきゃとか、そういう小さいことを言わないし、誰も気にしない。
むしろ、そんなことで怒ったりしたら、みんなびっくりなんだろうな~。

興味があることはどんどん突き詰めて、疲れたら休む。
かつかつなときって良いことを思いつく暇がない。
自分、自分、自分ーー!ってなってしまっている。
ゆとりと相手を思う気持ちの大切さ。
この時代はなんて素敵なんだろう。
わたしもなる。



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