民俗と酒

書道のボールペン字課題で出てきた文が気になって、先生に続きをもらった。
出版社が出している、本紹介の冊子でした。

紹介されている本は、『漢字圏の近代 ことばと国家』村田雄二郎/C・ラマール

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この本の紹介なので、お酒はそんなに関係ないのかな?わからないけど。。
おもしろかったので載せます。



 ――柳田國男の「酒の飲みようの変遷」(『木綿以前の事』岩波文庫)から――

  酒を飲む風習は日本固有、すなわちいつの頃とも知れぬほど昔から、続いているものに相違いないが、その風習の内容に至っては、昔と今との間に大きな変換がある。これだけは是非とも日本人として、はっきりと知っていなければならぬ。この古今の移り替りを一通り承知した上でないと、各人はまだ自由に、酒を飲んでよろしいか悪いかを、判断することはできないのである。

 我々は酒を飲む習慣の利弊に関しても、是非とも今と昔との事情をの変化を知って、現在の状態が果して国の福祉と合致するか否かを、明らかに認識し得るようにしなければならぬ。それを各人が自由に判断するだけの歴史知識が、現在はまだ具わっておらぬとするならば、少なくとも求めたら得られる程度に、歴史の学問を推し進めなければならぬ。いつも民間の論議に揺蕩(ようとう)せられつつ、何らの自信も無く、可否を明弁することすらもできないのは、権能ある指導者の恥辱だと思う。

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 ――“斗酒なお辞せず”を説明した、尾崎紅葉の『紅葉全集』(岩波文庫)から――

 城井は軍人で、軍人といへば多く、杯を呼び妓を聘し、一酔王公を軽んずる的な気象の者であるが、城井は其例で無い、斗酒も敢て辞せずの豪飲はやるが、頗(すこぶ)る愚痴上戸で、尤(もっと)も平素(ふだん)から量の小さな、世帯臭い、戦場に臨むだら、敵の首より分捕(ぶんどり)を専一に働きさうな性(たち)であるから、・・・

 尾崎紅葉集 (新日本古典文学大系 明治編 19) 尾崎 紅葉 (amazon)

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 ――国語辞典では「斗酒」を「大量の酒」とするが、

    漢詩文においては必ずしもそうではない。少量の酒とする解釈すらある。――

 人生天地間 忽如遠行客
 斗酒相娯楽 聊厚不為薄

 人の天地の間に生くるや、忽(こつ)として遠行の客の如し。
 斗酒もて相い娯楽し、聊(いささ)か厚しとして薄しと為さざらん。

 = = = = =

 ――吉川幸次郎「推移の悲哀」(『吉川幸次郎全集』第六巻)から――

 斗酒が微量の酒であることは、おなじく漢人の用例として、楊惲の「孫会宗に報(とこ)うる書」に、農夫としての生活をのべ、「斗酒もて自ら労う」というのによって明らかである。しからば作者は貧寒の士である。・・・句全体の意味を、五臣注の劉良は、「人は且つ相い厚くするを以て本と為す、軽薄を為さざる者也」といい、つまり人生の態度としての厚薄とするが、近ごろ朱自清氏は酒の厚(おお)さ薄さと見、わずかの酒も薄きものとはすまい、の意とする。

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 ――『漢書』(公孫劉良田王楊蔡陳鄭伝第三十六)から――

 田家作苦、歳時伏臘、亨羊炰羔、斗酒自労
 (田家 苦を作(な)せども、歳時の伏臘(ふくろう)には、羊を亨(こ)て羔を炰(あぶ)り、斗酒もて自ら労う)


 ――『後漢書』(李陳龐陳橋列伝第四十一)から――

 又承従容約誓之言、殂没之後、路有経由、不以斗酒隻鶏過相沃酹、車過三歩、腹痛勿怪。
 雖臨時戯笑之言、非至親之篤好、何肯為此辞哉。

 又た従容の約誓の言を承けたるに、「殂(そ)没の後、路(みち)に経由する有りて、斗酒隻(せき)鶏を以て過(よぎ)りて相い沃酹(よくらい)せざれば、車過ぎること三歩にして、腹痛むとも怨む勿(なか)れ」と。
 時に臨んでの戯笑の言と雖も、至親の篤好に非ずんば、何ぞ肯えて此の辞を為さん哉。

 くつろいでいる時の約束のことばを承りましたが、「わしの死後、君が近くを通りかかることがあって、それなのにもし酒と鶏を墓前に注ぎ供えてくれないようなことがあれば、車が三歩過ぎないうちに腹痛を起こしても怨むなよ」とのことでした。
 その場の冗談ではございましょうが、厚情の極みでなければ、どうしてこのようなことばが発せられましょう。

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 ――陶淵明「雑詩十二首」其の一から――

 人生無根蒂 飄如陌上塵
 分散逐風轉 此已非常身
 落地爲兄弟 何必骨肉親
 得歡當作樂 斗酒聚比鄰
 盛年不重來 一日難再晨
 及時當勉勵 歳月不待人

 人生は根蒂(てい)無く、飄(ひょう)として陌(はく)上の塵の如(ごと)し。
 分散して風を逐(お)うて転ずれば、此れ已(すで)に常の身に非ず。
 地に落ちて兄弟と為る、何ぞ必ずしも骨肉の親のみならんや。
 歓を得ては当(まさ)に楽しみを作(な)すべし、斗酒もて比隣を聚(あつ)めん。
 盛年重ねて来(きた)らず、一日再び晨(あした)なり難し。
 時に及んで当に勉励すべし、歳月人を待たず。

 人がこの世に生まれては根も蔕(へた)もなく、 路上の塵と同じようなもの。
 風に吹かれ散り散りになり、いつも変わらぬ身ではない。
 生まれ落ちればみな兄弟、血のつながりだけではない。
 何か愉快なことがあれば楽しむがよい、酒を用意して近所の人を集めよう。
 若い時は再び来ない、一日二度の朝はない。
 時を逃さずしっかり楽しもう、歳月は人を待ってはくれない。

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 つまり「斗酒」とは、何かのため、多くは人との楽しみのために用意される酒だ。「斗」は、酒を酌むひしゃくであり、酒を量る単位である。それがいわば親しみを示す接頭辞のようにかぶせられているのである。二音節の安定が指向されているということもあろう。「斗」の意味は限定的なものではあるまい。

 項羽が樊噌を「壮士」と認めて「斗卮酒」と「一生彘肩」、すなわち一斗の卮(さかずき)の酒と一塊の生の豚肉を与え、樊噌がそれをぐびぐびむしゃむしゃやったのを見て、項羽がもう一杯飲むかと言うと、樊噌が、私は死すら恐れません、卮酒など遠慮するはずがありましょうか、と答えたという話である。
 ここはたしか一斗の酒がなみなみ注がれた大きな杯が樊噌に渡されたと解したほうが雰囲気は出る。「卮」が器なので「斗」には量の意味が働く。どこかでこの「斗卮酒」が大酒としての「斗酒」に転換したことは間違いなさそうだ。

 大酒の単位としての「斗」が次第に定着し、一斗の酒としての「斗酒」のイメージもできあがっていった。それが「斗酒なお辞せず」には投影されている。もちろん、友と酌み交わす酒としての「斗酒」も使われ続けたこと、李白に「斗酒勿為薄、寸心貴不忘(斗酒 薄しと為す勿(なか)れ、寸心 貴かくして忘れず)」(「南陽送客」)の句があるごとくである。

 酒を飲み剣を振るい詩を吟じる壮士像が構成され、「斗酒なお辞せず」がそれを象徴する決まり文句となった。書かれたものを通じて広まったとするよりも、宴席などの場において発せられ好まれたと考えるべきかもしれない。


 紹介文を書いたのは中国古典文学 齋藤希史(さいとうまれし)さん。

 漢文スタイル 齋藤 希史 (amazon)
 
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この本の紹介にこれだけの本の数。
凄まじい勉強量だなあ。
「好きなんだ~」くらいの軽い気持ちで入るには大変過ぎる。
○○学者という人たちがいる理由が分かりました。
これは専門に分類しないと、勉強することが多すぎる。

“歳月は人を待たず”の全文が知れたのが嬉しい。
あー、おもしろかったー。




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