自由と身分③

渡辺京二の『逝きし世の面影』

 江戸時代の末期から明治時代の初期にかけて日本を訪れ、

 世界に類を見ない日本の精神文明を体験した欧米人の手記や書簡を掲載している本。


引き続き、第七章 自由と身分より引用。

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 メーチニコフは「日本の舞台には格式ばらない、一種の気楽さが漂っている」と言い、その例として「観客にしても、幕間ともなれば、いとも気安く楽屋に入りこみ、つぎの場面の装置の据えつけをせっせと手伝いはじめるしまつ」だと述べているが、そういうくだけた気楽さは彼によれば「日本の生活全般にわたって言える」特徴なのだった。p234

 明治新政府の高官宅を訪ねて、それが「江戸の質素な庶民の家で見かけたいたものとなんら変わることがない」のを知ったときのおどろきを語っている。それはスイス州政府の下級参事官あたりの中流ブルジョワ的豊かさとくらべても、あまりに質素だった。p235

 「日本社会では身分的平等の観念がすでに非常に成熟している」p235

 「一般的にこの地の農民は、自分たちの生活圏外で生起するすべての事柄に冷やかな態度をとる、孤立した世界を構成しており、彼らはあらゆる新制度に不信感を抱き、滅多なことでは動揺しないが、ひとたび動き出すとみずからの権利を徹底して守りぬくことができるのだ」。p235

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 「片田舎の農民を訪ねてみるがよい。政府について民衆が持っている考えが健全かつ自主的であることに、諸君は一驚することだろう。・・・・・民衆について言うならば、日本の民衆は、ヨーロッパの多くの国に比べてはるかに条件は良く、自分たちに市民的権利があることに気がついてよいはずだった。ところが、これら諸々の事実にもかかわらず、民衆は、自分たちの間に行われていた秩序になおはなはだしく不満であったというのだ!商人はあれやこれやの税のことで不満を言い(実際にはその税は決して重くないのだ)、農民は年貢の取り立てで愚痴を言う。また、誰もかれも役人を軽蔑していて、『連中ときたら、どいつもこいつも袖の下を取る。やつらは碌でなしだ』と言っている。そして民衆はおしなべて、この国の貧しさの責任は政府にあると、口をそろえて非難している。そうしたことを聞くのはなかなか興味深いことであった。それでいて、この国には乞食の姿はほとんど見かけないし、どの都市でも、夜毎、歓楽街は楽と踊りで賑わいあふれている。これが、支配者の前に声なく平伏す東方的隷従だろうか」。p235

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 ニコライの見た日本民衆は、支配者の前にひれ伏す隷従の民ではなかった。それならば、例の「下におろう」と呼ばれる大名行列はどうなるのか。オイレンブルク使節団のベルクは悪名高い大名行列への平伏について、たしかに先触れは「下にいろ」と呼ぶが、実際の平伏シーンは一度も見なかったと言っている。というのは民衆が行列を避けるからで、彼の見るところでは彼らは「この権力者をさほど気にしていないのが常」であり、「大部分の者は平然と仕事をしていた」。p236

 またスミス主教のいうとことでは、尾張候の行列が神奈川宿を通過するのに2時間かかったが、民衆が跪いたのは尾張候本人とそれに続く四、五台の乗物に対してだけで、それが通り過ぎたあとでは「跪く必要から解除されたものとみなして、立ち上がって残りの行列を見ていた」とのことである。p237

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 英国公使館員アーネスト・サトウは一八七二(明治五)年日光を訪れ、さらに南方の山岳地帯へ踏みこんだが、ある寺で集まった村人から「ここを通る初めての外国人だということで、『シタニロ』やら『カブリモノヲトレ』やらの号令が示されるなど、大変な敬意をもって迎えられた」。p237

 裃をつけた村役人の先導で先へ進むと、子どもたちが「まわりに木以外何もないのに」、シタニロと叫びながら先払いしてくれた。子どもの遊戯化した「下にいろ」のかわいさでわかるように、貴人への平伏は民衆にとって屈辱ではなく、わずらわしいこともあるが、うらさびしい山村をときに賑わせてくれる景物だったのだ。p237

 村役人の裃姿には、貴人を迎えた彼らの心のたかぶりが表されている。この「下にいろ」を含む歓迎に、人なつかしい村人の心を読みとれぬものは、日本民衆の心奥とついに無縁でしかあるまい。p237

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 「日本人のあいだにはっきり認められる、表情が生き生きしていることと、容貌がいろいろ違っているのとは、他のアジアの諸民族よりもずっと自発的で、独創的で、自由な知的発達の結果であるように思われる」p237

 「卑屈でもなく我を張ってもいない態度からわかるように、日本のあらゆる階層が個人的な独立と自由を享受していること」p237

 「日本人の男にふさわしく物おじせず背筋をのばした振舞いを見せ、相手の顔を直視し、自分を誰にも劣らぬものとみなす。もちろん役人は大いにそうだし、下層の者だって多少はそうだ」p237

 「下層の人びとでさえ、他の東洋諸国では見たことのない自恃の念をもっている」p237

 「日本の駕籠かきは態度においていくらか独立不羈で、外国人をたかりのえじきとみなすという不愉快な習慣を身につけつつある」p237

 支配の形態はきわめて穏和で、被支配者の生活領域が彼らの自由にゆだねられているような社会、富める者と貧しき者との社会的懸隔が小さく、身分的差異は画然としても、それが階級的な差別として不満の源泉になることのないような、親和感に貫かれた文明だったのである。p238

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第七章 自由と身分はこれでおしまいです~。
いやあ、この章もとてもおもしろかった!

  「観客にしても、幕間ともなれば、いとも気安く楽屋に入りこみ、つぎの場面の装置の据えつけをせっせと手伝いはじめるしまつ」

  滅多なことでは動揺しないが、ひとたび動き出すとみずからの権利を徹底して守りぬく

  民衆が行列を避けるからで~「この権力者をさほど気にしていないのが常」であり、「大部分の者は平然と仕事をしていた」。

  立ち上がって残りの行列を見ていた

  村役人の裃姿には、貴人を迎えた彼らの心のたかぶりが表されている。

  自発的で、独創的で、自由な知的発達の結果であるように思われる

  親和感に貫かれた文明だったのである。

 
だれかを馬鹿したりせずに、たのしんで生活していた江戸の庶民たち。
今まで習ってきた社会科は、上級階級が残してきたものだもんね。
そりゃあ、自分たちに良いよう記すよね~。
外国人たちにはバレバレだった。
なにが本当かはだれにも分からないけどね。
私は面白い方がいいから、こちらを信じる。





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