言葉の海

FBで誰かがシェアしていた記事。
とてもおもしろかったので載せます。

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殺害予告を受けたSEALDs奥田愛基氏の父親が語った!
「僕は黙らない」「親の影響だと語るのは愛基に失礼だ」


知識が増えると言葉が増える。
言葉がない時代になんてなっちゃいけない。

漢文学者の斎藤希史さんも、言葉というものにすごく興味があると語っています。

つぶつぶの漢字から、世界が広がっていく
漢文学者・齋藤希史氏インタビュー


  ~引用~
  言葉を海に例えるとしたなら、詩人はその言葉の海の中で泳いでいる人たちです。
  私は言葉の海そのものに関心があるので、一人の人間よりは、海全体を見たい。


  実際に、中国語を話す地域ではないのに、日常的に漢字を使っているのは日本だけですよね。
  韓国やベトナムも使わなくなってきています。
  日本が今でも漢字を使うのは、近代以前からの教育のありかたとも関わっていると思います。

  日本において漢字は教育の象徴だったのではないでしょうか。

  中国古典文学に限らず、自分の世界とは違う世界に触れることは大切です。
  食べて、寝て、目の前のことばかり考えていたら、人間って生きている感じがあまりしないんですよ。
  人間の精神には、遠くのことを想像したり、身近ではないことを考えることも必要です。
  部屋には窓がないとだめで、窓があれば外を見たくなるのです。



文が豊か(*^^*)
漢文・俳句・短歌は短いのに、たくさんの深い意味を持ち、感動させられる。
漢文なんて、ものによってはたったの5文字で、たとえば、陶淵明「雑詩十二首」から。

  得歡當作樂
  訳:歓を得ては当(まさ)に楽しみを作(な)すべし
  意味:何か愉快なことがあれば楽しむがよい

  一日難再晨
  訳:一日再び晨(あした)なり難し
  意味:一日二度の朝はない  

  全文はコチラの過去記事にあります → 民俗と酒

あれが操れたら楽しいだろうなあ。
それから、わざと漢字で書いたり、ひらがなで書いたりするでしょ。
「楽しい」「たのしい」、「可愛い」「かわいい」、「面白い」「おもしろい」。
漢字は固く、かなはやわらかく感じる。
この感覚も日本人にしか分からないし、操れないであろう。
漢字・ひらがな・カタカナを勉強させてもらえる国でよかった。




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