考え方の癖

この間のクリスマス、サンタさんはわたしたち兄弟全員にエンデの『モモ』をくれました。



最近は勉強本などが多く、ものがたりを読むのは久しぶりでした。
あらすじを読んでも、特に惹かれるものがない『モモ』は読みだしても全然進まなくて、なぜサンタが我々におすすめしたかったのか?、その謎を知るために読み進めてるという感じでした。
だんだんモモに慣れてきて、乗ってきたな~というときに、祖母より土井先生の『一汁一菜でよいという提案』をもらい、『モモ』と同時進行で読むことにしたのです。
いつもの勉強本と、いつもと違うものがたり。
ちょうど、どっちの本も“時間”の話になりました。



土井先生 2017.01.23 の記事はコチラをクリック
p.44 良く食べることは、良く生きること
・p.45「最近はよく、「機能的」なことを「合理的」という言葉にすり替えて言われますが、時間を短縮する、便利で都合のよい「機能」と、理にかなった「合理」では意味が違います。」


『モモ』もちょうど、時間泥棒の章にさしかかり、町の人やモモの友達たちの様子が変わる。
みんな「時間がない時間がない」と言って、セカセカして働きまくっている。
大人たちがセカセカ働きまくるから、子供たちは時間を持て余して、なんとなくモモの住んでいる競技場にやってくる。
みんな手には高級なおもちゃを持って・・・。

土井先生の本では、ごはんとはどれだけ大切なことかっていう話をしている。
いや、初めからそういう話をしているんだけど。
p9「暮らしにおいて大切なことは、自分自身の心の置き場、心地よい場所に帰ってくる生活のリズムを作ることだと思います。その柱となるのが食事です。一日、一日、必ず自分がコントロールしているところへ帰ってくることです。」

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はい、ちょっといったん、本から離れます。
タイトルの、わたしの考え方の癖の話です。
わたしには、他人には理解出来ない、よく分からないルールがたくさんあります。
それを母は「ゆとりってるわあ」と言いますが、ゆとり世代ど真ん中のわたしはなにを「ゆとり、ゆとり世代、ゆとってる」と言うorするのかそもそも分からないので、母の言っている意味が分かりません。

その考え方の癖・ルールをやめたいと思っているのにやめられないという話をしているとき、なぜやめられないのか突き詰めて考えてみることにしたのです。
今回のやめたいと思っている癖は、『年齢をやたら気にする』です。
これを解決したことで『他人と比較しすぎる』というのも解消された気がします。

その癖のせいで、軽い鬱状態になっていたというのもあるくらい深刻なものでした。
実際の自分のまわりにいる人間で、自分より年齢が高いからみんな大人かと言えば全然そうではないのに、「△歳はこうなはず」という謎の基準がわたしの中にあって、他人も自分も否定してしまうというヤバい癖です。
「この人、△歳なのにまだそんなこともわからんのか」と見下したり、「25にもなって“稀有”という字が読めなかった」という落ち込み。

高校生の頃に、映画『死ぬまでにしたい10のこと』を見て、その後、バケットリスト(死ぬまでにやりたい事リスト)を書いてみたり、10~50年後計画を作っていたりしたので、その理想たちと現実があまりに違うので、あれ?あれれ??と動揺していたんですね。
スケジュール帳を買い替えるたびに更新してたのに、20歳から急に25歳になったわけでもないのに、止まってしまった。
他人に呪いをかけてたから、それが返ってきたんだと思う。
人を呪わば穴二つでしょ?、悪口は呪い、陰陽師風に言えば“呪(しゅ)”。

有名な水の実験と同じで、同じ水でも褒められた水は美味しく、けなされた水はまずくなる。
悪口は他人に対して発したものでも心に残るのは、「Sちゃんってばかだよね」→「ばか」だけが残るらしい。
だから、他人に対して悪口を放っていたつもりでも、全部自分に放っていることになっているらしい。
人間の身体ってほとんど水なんでしょ?
誰かをけなすことは、その水を自ら汚すことになっているんだって。
だから、わたしが陥った穴は、陥ることが決まっていた場所だったっていうこと。

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わたしのまわりは年上ばかり。
相手が年上だとすっごい楽。
したいことしたいって言えるし、相手がこれしたいと言えばついていける。
同い年・年下がいると、急に「しっかりしなくちゃ!」「面倒みなきゃ!」「うまくやらなきゃ!」となって、楽しめないどころか疲れると言ったら、母が「そんなの年齢関係ないじゃない」と言う((((;゚Д゚)))))))
年上だろうが、同い年だろうが、年下だろうが、関係ない。。
相手によって態度を変えるって嫌われる人の性格のTOP10とかに絶対入ってるやつだ!!!

母「うまくやろうとするから、うまくいかないとイライラしたり、凹んだり、フリーズしたり、オロオロしたりしちゃうんだよ」。
す、するどい、さすが母親。
ちゃんとしなくちゃ!と思ってもどうせちゃんと出来ないしね。
それって、カズレーザーの言ってた、『うまくやろうとしなくていい、出来ることをやろうでいい』ってヤツだ。
カズレーザーというのは、お笑いコンビ「メイプル超合金」の赤い方ね。

現代の“呪い”を解くカズレーザーの言葉
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数字だから、うっかり、スゴイ正確なものみたいに感じちゃうけど、ほんとはなんの基準にもならない。
人間関係も、自分の生活も、頑張り過ぎたら、いつか壊れる。
いつものまま、そのとき出来ることをやってればいい。
ゆとってるのも、悪くない。
あわただしい中、自分は自分のペースでと生きられるのは、むしろ優雅である。

作業時間増やすためにパッパとごはんを食べるのに、テレビを見て笑ってるのは、おかしな使い方だったね。
時間を削るところはそこじゃなかった、でも、別にそれが絶対悪いことでもない。
そこに良いも悪いも存在しなくて、ただそうであるってだけなんだよね。
年齢もただの年齢で、性格もだたの性格で、時間の使い方も人それぞれ。
わたしはこれが好き、あなたはそれが好き、お互い好きなことがやれて良かったね、幸せだねっていうだけ。

わたしが勘違いしがちなのは、「わたしはこんなに頑張っているのに、おまえは頑張ってない」と思ってしまうところ。
わたしが頑張ろうが頑張らまいがどっちでもよくて、そして「頑張る人=偉い」っていうわけでもない。
わたしにはわたしの、だれかにはだれかのリズムやタイミング、好みがある。
だから、自分もだれかも裁く必要はない。
裁いたら、自分も裁かれてもいいってことになってしまうし、相手のレベルに自分を下げることになる。
ただそうであること認めれば良い。

そして、頑張るっていうのもおかしくて、頑張らないと出来ないって無理しているってことになる。
だから両親は「そうまでして竹細工をやらなくていいよー」と言っていたんだとやっと分かった。
夢や理想を持つのは良いけれど、それに向って頑張るというは変だっていうこと。
好きで好きでやらずにはいられないことって、どんなにやっていても疲れない。
そのくらいワクワクする・楽しむことって重要なんだって。
ワクワクしながら、目の前のことを淡々とコツコツとやっていく、そうしていたら夢・理想が叶っているかもしれないし、夢・理想が変わって、また別のことをしているかもしれない。
先のことは分からないから、今、出来ることをすればいい。
自分を試す・いじめるのはやめて、自分に優しく・潤いを与えるつもりで生きます。
優雅にエレガントに、キュンキュンできる気持ちに自分を置きます。
それがわたしの今年の目標『好きなことを突き詰める』なのでした。(それの意味がやっと分かったわ笑)
それをするために、健康な心と身体が必要なので食事も大切にします(^∇^)
最後まで読んでくれた方、どうもありがとう。

ごきげんよう、さようなら。







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