やり直し

  • 2017.03.03
ポートフォリオをJAYPGで作ったけど「このサイトは危険です」という通知が出て、見にくいのでTumblrに移動させました。
リンクもJAYPGでしたが、Tumblrに置き換えました。

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うん、シンプルで見やすい!!
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最近のブログ投稿、インスタ投稿にも竹がないのは、一度竹から距離を置いてみようと思っているからです。
今となってはいつ始まったのかも分からない、この大不調から脱しようといろいろ戦い、今の状況に納得しようともがいていました。
ブログ記事、2017.01.26「考え方の癖」とかね・・・笑
納得しよう・状況を受け入れようと頑張ってるわぁ。

「一度始めたことなんだからやりきらなきゃ」とか、
「お金と時間かけて学んだことを捨てるなんて出来ない」とか、
「奨学金返さなきゃだし」とか、、。
よく考えたら、たいしたことじゃないんだけどね。
むしろそんなことで、もっと他にやれることがあるのにやらないで人生終える方がずっとやばい。

一度始めたことを辞める・お金と時間をドブに捨てる以外にも悩みがありました。
それは、「竹はそこまで必要とされているか?否か?問題」です。
人から「あなたがいて良かった」と言われるような仕事をしたいと思って、竹工芸!と思っていましたが、色々活動して来て、「ここはどうもそんなに必要ではないかも」となっていたのでした。
自分に腕がないからそう思うのもあるかもしれませんが、学校卒業してからの5年で色々ありました。
腕が足りないから京都に戻ってきたのに、上級者が頼まれるようなことをお願いされることが多くて…。
ありがたい話なんだけど、もっとすごい人がいるのになんで私なんだろう?と思い、専門学校の卒業生対象にした作り手たちの交流会を開催して、みんなにチャンスが与えられる場を作ろうと模索しました。
でも、それも空回りに終わり、チャンスはご縁で、与えたくても与えられないものなのだということを知りました。

わたしは腕はないけど、売る力はあるからやってこれたんだと思っています。
能力がある人は宣伝が下手。
それも伝統のうちかもしれないけど、口下手な人が多い。
写真も下手、SNSすらやっていない人もいるはず。
わたしはたまたま上級者がやってないことをやっていただけで、技術はさほどない。
「この籠はどんな風に使えて、どんなに使い勝手がいいか」を説明できただけ。
でも、売る能力がなければ売れないって、必要とされていないんじゃないか?と思ったのです。

(素敵なものであればいくらでも買いたいし、気に入ってなければどんなに安くてもいらないことから考えると、問題は他にありそうだけども。。)

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後継者不足の職人仕事をしたら「あなたがいて良かった」と言ってもらえると思ってたけど、「絶えそう=世の中に必要じゃない」とも言える。
世の中は常に変わっていて、同じ時間が過ぎるわけがない。
今の世で伝統工芸の職人をするって、なんだか朱鷺みたいだなと思った。
一度絶滅したけど、もう一度やり直してみた。
やり直しできたけど、完全な復活ではない。
みんなのフォローがないと生きていけないって仕方ないけど、いいね!とは言えない。
だってそれは本当の朱鷺の生き方じゃないから。
どうにか継承できたと思っていても、そこに需要がなければやっていかれない。
(戦時中、食べ物がなくて朱鷺を食べてたから、朱鷺が絶えたというのを聞いたことあるけど、そのときは需要あった(笑) その食べ過ぎちゃってごめんねの復活なのかな?わからんな~、なぞだ)
朱鷺が再び野生に戻ることで、どんなメリットがあるのか?
伝統工芸の職人が増えることで、どう世の役に立てるのか?
逝きし世の面影』みたいに、「昔はよかった」とか「昔々あるところに…」という過去のお話なんじゃないのか?
そもそも、本当の伝統工芸職人の生き方とはなんぞや??????

やりたくないけどやらなきゃいけないことを淡々としてると、本当はなにがしたいかがハッキリしてくると聞いたことがある。
こんなにもやれない理由を並べて、「うう~ん」と言って、そこで停止しちゃってたときに、
竹の先生より、「竹教室をやめます」と電話がきたのです。
おお~~、じゃ、わたしもやめまーす♪ってなったのでした。
うう~んって停止しちゃってる時に、先生に竹教室やめますと言いに行こうかなと思ったことがあるのだけど、自分から頭下げて「教えてください!」って言ったのに、自分からバイバーイっていなくなるのはなんかしっくりこないし、、先生からそのタイミングで連絡があって、なんか運命を感じたのでした☆

一度距離を置いてみて、やっぱり竹無しじゃ生きていけないと思ったら戻るというか、わたしの人生に竹と関わる時間があるといいなとは思っているけど、「どーしてもやりたい!」「やらねばならぬ!」というのはなくなっちまいました。
あー、すっきり爽快.゚+.(・∀・)゚+.
なんで早くこうしなかったんだろうと不思議に思う。

「やめる」という決断はしない、ただ、一度距離を置くだけ。
どうやったら上手く出来るかは常に考える。
ネット販売でも始めてみようかしら~とか。
ほらね、全然辞める気はないの。
でも、一度離れてみる。
今、気づけなかったことに気づけるかもしれないし、竹じゃないかもしれない。
先のことなんか、分かりっこないのだ。
・・・というときに見つけた面白いコラム、

糸の切れたタコです【連載】ひろのぶ雑記 2017.02.22

24年勤めた会社を退職したひろのぶさん。
≪以下、本文より引用≫
どこから来て、どこへ行くのかもわからないまま歩かされるのが、生命なのだ。
あらゆる生きとし生ける者と敏いとうとハッピー&ブルーなのだ。
出発点も終着点も不明。
そういう不安が根本にあるのに、その途中地点では何か目標っぽいものを作って、達成したのしないの、安心したのしないの、考えてもしょうがないと思うのだ。
私は知っていたのに、忘れていたつもりになっていた「不安」を、もういちど抱えて生きることにした。
忘れたつもりがいやになったのだ。


「不安」って本当は存在しない、自分の中で勝手に作り上げたもの。
分かっているけど、それを忘れちゃったり・・・。
自分の不安とどう付き合うのかが課題だわ。
カズレーザー名言集に『目を逸らす努力』っていうのがあった。
「わたしはこう」と決めなくていい。
ひろのぶさんは50歳。
50歳にしてその不安をもう一度抱きかかえ生きていくことにした。
簡単なことじゃない、大変な課題。
「納得できないな~」「説明つかないな~」は、とりあえず脇に置いて、前に進むしかない。

その数日後、また面白い記事が。。

文字がここへ連れてきた【連載】ひろのぶ雑記 2017.03.01

会社を辞める自分を、まるで犬だと感じた。
会社にいた時の自分は、人間だった。
集団で行動し、なにかを建設したり成果をあげるために他者と協調し、役割を分担する。
同じ哺乳類でも犬はあまりやらない動物行動を遂行していたのだ。

だが、そこを離れる瞬間が、犬のようだと感じたのだ。
散歩の時、河川敷の土手なんかで鎖を解くと、犬は猛ダッシュでどこかへ走り去る。
それはもう、ものすごい勢いだ。
しかし、しばらくするとだいたい戻ってくる。
鎖が取れて一瞬嬉しかったので走り回ってはみたものの、よく考えると犬には別に行きたいとことか、転職先とかないのだ。

私は会社で24年間、文字を書く仕事をしていた。
辞めるとなった時は、長かった文字を書く年月から鎖が取れた気がして、一瞬、走り回ったのだが、結局、いまこうして文字を書く仕事をしている。


わたしは犬だったのか。
わたしも戻って来られるといいな~。

***

先生から電話があったのは2月第1週目の土曜日の晩。
電話を切ってすぐに、「よし、京都から引き揚げよう」と決め、2月最初の月曜日に職場の方々に伝えたのでした。
今の仕事は3月末で退職して、4月上旬に新潟に引越します。
京都にいるからこそ行けるところに行こうと、出雲に行ったのでしたー(笑)
でも、出雲は広いのでバスで行くよりは、車で行った方が回れそう。
古事記を勉強して、面白いなって思えたら、車でまた行こうと思う。
残りの京都生活も楽しみ面白がりつつ、移動の準備も着々と進めて行きます。
以上、現状報告でした~。

ごきげんよう、さようなら。







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